灯火の先に 第9話


美味しい匂いを漂わせる料理がテーブルの上に用意されたが、部屋の主は一切の反応を示さなかった。カレンが来る前は、この匂いに誘われて、部屋の外にいてもすぐに戻ってきて、満面の笑みでテーブルについたものだが、今のスザクは食べ物につられる事無く、ベッドの上で鬱々と塞ぎこんでいた。
ルルーシュの意思を継げなかった事への自責の念と
理由なく生きなければならない未来への絶望。
それらの負の感情が、スザクから気力を根こそぎ奪って行った。
そもそもスザクは死にたがりだ。
今はあの頃以上に死を望んでいるだろう。
ユーフェミアの仇も討ち、日本も取り戻した。
世界は平和で、戦争が起きている場所はない。
そして、書類上既にスザクは死んでいる。
生きている事を知っているのはごく一部の人間だけ。
両目の光が失われていても、ルルーシュのギアスの効果は無くならず、幸い命を断つような真似だけはしていなかったが、精神状態は悪く、体の一部が欠落したことよりも、そのネガティブな思考の方が問題だった。
ようやくそこから一歩踏み出せたというのに、再び塞ぎこんでしまった現状を変えようと、ジェレミアとアーニャはスザクに話しかけるのだが、ルルーシュに最高のオレンジをと息を荒くするジェレミアと、それに協力し日々楽しそうに生きているアーニャはスザクにとって眩しすぎて、日の当たる所で胸を張って生きられる二人と、日陰の身である自分の差を見せつけられている思いがした。
ろくに反応を示さないスザクを見て、ジェレミアはカレンの侵入を許した事を激しく後悔したのだが、そんな状況は長く続かなかった。
今この屋敷にいるのはジェレミアとアーニャだけではなく、だらだらと無駄に時間を過ごしている無駄飯ぐらいなC.C.もいたのだ。
生きる理由など自分にも無いと言いきるC.C.の言葉は、数百年生きた者の重みがあり、喧嘩のような会話ではあったが、少しづつC.C.と雑談をするようになり、その頃には屋敷内であれば杖なしでも歩けるようになっていた。
この程度の事は身体能力に優れ、勘のいいスザクにはわけもないことだったのだが、精神的に塞ぎこんでいたせいでここまで来るのに随分と時間がかかってしまった。
< その両目を閉じていなければ、失明しているとは思えないほど自然に動き回るので、では次の段階に入りましょうと、咲世子はC.C.とアーニャに何やら頼みごとをし、手にしていたモノを渡した。

「スザク様はご存知かと思いますが、日本の古い映画に『座頭市』というものがございます。ここに登場する市という人物は、盲目でありながらも悪人を打倒すほどの抜刀術の使い手。篠崎流の訓練の中にも、目隠しをし、暗闇であっても辺りの気配を察知し、行動できるようにする、というものがございます」

戦うのは無理としても、危険を察知し、避ける事は可能になります。
咲世子の説明の後、ぴこぴこと子供の頃聞いたような間の抜けた音が左右2ヶ所からあがる。
咲世子が彼女たちに渡したのは、いわゆるピコピコハンマーだった。

「C.C.様、アーニャ様、これからはスザク様の隙をついて、思う存分叩いて差し上げてください」
「ほうほう、では思う存分ウジウジした男をひっぱたいてやろう」

C.C.はハンマーをぴこぴこと鳴らしながら楽しげにいった。
ジェレミアは遠慮したが、この二人は是非やりたいと笑顔でぴこぴことハンマーを振っている。ただし、無理のない場所で、怪我をしないように配慮して叩くようにと念を押され、その日から二人はスザクにハンマーを振りおろすのが日課となった。
ぴこっ、ぴこん、ぴこぴこと間の抜けた音と小さな衝撃は飽きることなくスザクを襲い、どうした物かと途方に暮れた。こんなの避けるのは無茶だと言いたいが、アーニャはともかくC.C.にぴこぴこと叩かれ笑われるのはものすごく腹が立つ。
ぴこぴこという音が更にいらだちを募らせてくれる。
馬鹿にするような笑いも癇に障る。
最初はぴこぴこと叩かれるしかなかったスザクだが、C.C.には叩かれたくないと言う思いがふつふつと湧き上がり、絶対に避けてやると言う意思が産まれた。
そこからは早かった。
風呂から上がり、廊下を歩くスザクを気配を殺し待ち伏せしていたC.C.は、スザクが自分の目の前を通り過ぎた瞬間にルルーシュの仇とスザクの脳天めがけて力いっぱいハンマーを振り下ろした。
これがピコハンじゃなければ死ぬだろう。
その位の勢いをつけての渾身の一撃。
だが、そのハンマーはいつもの間抜けなピコピコ音を発することなく、C.C.の腕は空を切った。

「なっ!?」

驚いたのは一瞬。

軽く腕を取られたと思った瞬間、回転する視界、C.C.の体は宙を舞い、音もなく床に倒れ伏していた。視点が定まった時に目の前にあったのは、あの童顔男の顔だった。
何が起きたと考えたのは一瞬、背負い投げをされたのだとすぐに気がついた。
しかも、床に叩きつけられる事無くちゃんと威力を殺し、投げられた側にはほぼダメージが無い、完璧な背負い投げ。
勝ち誇った笑みを浮かべたスザクは、C.C.の服から手を離した。

「大丈夫?怪我はないかな?」

明るい声でスザクは手を差し出しながら聞いてきた。

「・・・っ、ふん、いらぬ世話だ。怪我程度、すぐに治る」

その手を取り、立ち上ると乱れた服を直す。

「・・・怪我したの?」
「残念ながら無傷だ」
「そう、ならよかった」

普段ならここでC.C.は一言二言返すのだが、笑顔のスザクが盲目とは思えないほど確かな足取りでここを離れるのを見送ったあと、床に落ちていたピコハンを手に取った。

「なんだ、笑えるようになったのか」

失明して以来
いや、ナイトオブゼロとなって以来の笑顔か。
あの日、神根島の洞窟で会ってから一度も笑っている姿を見ていなかった。
・・・皇帝就任の日のドヤ顔は別にして。
作りものではない、本当の笑顔。

「これはあれだな、さすが私だ」

私が相手でなければ、スザクもこんな事は出来なかっただろう。
相手が私だからこそ、反抗心を取り戻したのだろう。
甘やかすばかりの周りとは違う、異質なC.C.だからこそ。
ぴこぴこっとハンマーを鳴らしながら口元に笑みを浮かべ、その場を後にした。

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